乾燥注意報


 私はジャポン国本州中央部、中央高地とでも形容可能な山岳地帯のとある山ふところに住まわっておるわけであるが、凄いの。冬の乾燥っぷりが。乾燥するとお肌などがむず痒くなる。二の腕とか腰骨の辺とか。


 そうかといって乾燥地帯の良いところは夏季などにカラッとしている点で、以前、一年ほど東京都杉並区世田谷区の西向き木造アパート一階に暮らした際の、じとじと、べとべとした、適度な湿潤をはるかに通り越した不愉快極まりない日々を思い出すと、その辺は悪くない。


 あのときは夏場、ドクターマーティンの安全靴を下駄箱につっこんだままサンダルとカンフーシューズで二か月ほど過ごし、「さぁて、久しぶりに靴でも履くか」と思って下駄箱を開けたところ、靴がグレーのカビ玉と化していたことはよい思い出だ。また、ちょっと目を離した隙にバグパイプの革袋が灰緑色したカビに覆われたことも良い思い出だ。多分あのアパートは今や全体がカビに覆われて、外国人観光客に「オー、コレガニホンノワビサビドスエ」などと勘違いされているに相違ない。


 要するに夏季はカラッとすべっとつるっとしていて、冬季には程よくしっとりした、年中常春みたいな地方、そんなものがあれば実に暮らし易かろうと思う訳だ。


 さて、話は再び本州中央高地に戻る。


 最近、ギターがめちゃくちゃ下手になっちゃった。問題は押え手である左手で、コードを押さえようとしてもよく押えられない。


 最初、今練習している曲の運指がちょっと手癖と違うため、指が慣れないのかと思った。が、何日練習しても改善しないとはどういうことだろう。


 寄る年波ですか?


 嫌だな。しかし、それにしたって変だ。薬指で5弦の5フレット&小指で4弦の5フレット&あと開放、程度の運指が咄嗟に出来ないのだ。うまく押えられない。


 いよいよ腕組みし考える。寄る年波限界説、ギター(クラシックです)の弦がおかしいのだ説、もともと出来なかったのだ説など、いくつかの仮説を提起してはそれを打ち消す。打ち消したい。じっと手をみる。指先をみる。ギタリスト(というほどの者ではございませんが)の押え手指先というものは概して不細工に硬化しているものである。カサカサのガサガサだ。


 あっ、と思い至り膝を打つ。ペシ。


 指先が超乾燥していて弦の上で滑っちゃうんだ!


 なんかべとべとしてるもの、と、辺りをきょろきょろ見回すと、リコーダーのジョイント部に塗るグリスが目に付いた。いいやこれ塗ってみよ、指先に。


 塗り塗りし、しかしまぁ、そんなでらでらした指先で弦を押さえる訳にもいかんので若干拭き取り弾いてみる。


 よし。


 私は寄る年波限界説を一蹴し引退の危機を乗り切ったのである。クラシックギターをお弾きになり、かつ寄る年波にお悩みで、しかも本州中央高地乾燥地帯にお住まいの方は、冬季、ハンドクリームなどで指先のお手入れが不可欠だ。しかし、そんなこと俺が言わなくても余念がないのだろうね。冬、真剣にギターを弾くということが何年ぶりのことなので(普通、寒くて弾く気にならん)、わしも戸惑ったのじゃ。