擦弦ギター


 知人よりクラシック・ギターを譲り受ける。これ、長〜いこと埃をかぶっていたそうだが、お子様達によってギター侍の真似専用機として発掘され脚光を浴び、「ざんねんー!」などと散々使い込まれたものの、最近それもめっきり下火なので、適度に蹴られたりしつつ邪魔者としてお宅の一定のスペースを占拠しておったらしい。婆さんは厄介払いが出来て清々していると伺った。
 これ、かなりボロボロあるね。


 あたしにはこいつを改造するという腹があるので、も、相当、ハッピーだ。
 まぁ、ギターは弾けるには弾けるのだが、たいした腕前でもないし、そもそも、ギター道を邁進するというタイプでは全くないもので、むしろ、ギターの弦をマレットで叩くとか、弓で擦るとか、そっちの方向(邪道という言葉で置き換えることが可能だろう)へ行ってしまっており、弓奏専用機が一台欲しいなぁ、と思っていた矢先の申し出だったのだ。
 これ、かなりボロボロあるよ。


 ギターの弦を弓で擦って演奏するには、様々な改造が必要になるだろう。要点をまとめてみる。

  1. 弦は6本も必要ないと思う。セロもヴァイオリンも4本だっし、多いと持て余しそうなので。
  2. フレットも必要ないかな、と思う。だいたいこのギター、ネックがかなり反ってるし。
  3. 複数の弦を奏するためには、通常のギターに装着されている平らな下駒では、目指す弦以外の弦にも弓が触れてしまうため、別のものを探すか製作しなければならない。


 あたしがこれまでギターを弓奏する際には、特に3が問題となった。複数の弦を奏するためには、ボディーに対して、弓が鋭角的に触れる弦と、それとは異なる角度で触れられる弦が必要である。
 弓と弦とが接触する箇所を点aとすると、点aにおいて鋭角的な弓のポジションを取るためには、点aがボディーよりある程度高い位置にある、または、点aからボディーに下ろされた垂線がボディーと交わる点bからボディーの縁までの距離が相応に短いことが必要になる。
 しかーし、だ。ギターの構造は全くそれに反しておって、弓奏しようとすると、端からまとめて複数の弦を奏でてしまうのだね。で、どうにか確実に奏でることができる一番手前の太い弦だけをギーコギーコと奏するしかなかったのだ(一本弦奏法)。これまでは。
 さらに、だ。ギーコギーコとやっていると、音がスムーズに鳴るようにと弓に付着させたヤニによって弦がヤニまみれになり、ギター本来の弾き方をするためには弦を新品に張り替えなければならなかったのです。
 このジャンルでのハイブリッド化は困難だと痛感するぞ。


 さて、そんなわけで汎用的な使用に耐える弓奏専用ギターへのデザイアー&パッションは大きな盛り上がりを見せているのだが、ふと我に返り、第三者的な眼差しでこの件を眺めてみると、「いいじゃん、全部の弦ごっそりまとめて奏するような曲作れば」というような、現状是認または追認的でありながら、より前衛に近い考え方もあるな、と思われる。悪くないだろう。また、「セロとか導入すればいいじゃん」という考え方はマネー・パワーの有無を考慮しなければ最高に建設的で、おっしゃる通り!と膝を打つしかあるまい。まったく第三者的な眼差しというやつは人のメラメラ燃え盛る情熱を削ぐものだ。


 いずれにせよ、このボロ・ギターを改造した暁には、だからといって、アバンギャルド・ギタリストとしての新たなステージの扉を開けそうな気がするわけでもないことは、ま、上述の通り、どのみちギター道に打ち込んでいるわけではないのだから仕様もないことだろう。ただし、邪道という、明らかにその道を踏み外した感は、やはりこやつを己の手で改造してギーコギーコする姿に色濃いだろうな、と思う。