椎名林檎『無罪モラトリアム』




 椎名林檎はデビューアルバムから全部聴いている(全部持っているとは言えない)。
で、一番好きなアルバムはデビュー・アルバム『無罪モラトリアム』だ。


1曲目「正しい街」
2曲目「歌舞伎町の女王」
3曲目「丸の内サディスティック」


 ここまでが特に好きだな。
 都会のストーリー・テラーだなぁ、彼女、と思う。そういう意味では「歌舞伎町の女王」は紛れもなく、とてつもない傑作だ。
 娘を田舎において男と出て行っちまった、歓楽街新宿歌舞伎町に勤める母親を追ってなのか、憎んでなのか、自分も歌舞伎町に足を踏み入れ、母子二代にわたってその街に君臨するというストーリーだ。昭和歌謡チックな設定だが、涙も哀れもスッパリ拒絶している。斬新だ。男の側から期待されるある種ステレオタイプ化された女々しさ、弱さを纏った女の像というのではなく、生身のひとりの女の、小賢しさ、狡猾さ、繊細さというものがストーリーの後方から生々しく伝わってくる気がする。サウンドは毒々しい設定とは裏腹に意外と清々しくポップだ。


 順番が前後するが「正しい街」。
百道浜」と「宝見川」というのがある都会から遠くはなれた街で、多分「あたし」はとんがっていて「君」はナイーヴなんだろう。「君」とはすれちがい、理由はわからないけれど「あたし」は都会へ出て行く。とんがってるしね。でも残された「君」とこの街は、飛び出した「あたし」と都会よりも正しいのだと歌う。つまり自虐である。言葉は鮮烈だ。サウンドも突き刺さってくる感じ。


「丸の内サディスティック」
 面白い曲。意味があるんだかないんだか。ギター弾かない人には暗号のようなところもある。

報酬は入社後平行線で
東京は愛せど何も無い


リッケン620頂戴
19万も持って居ない お茶の水


マーシャルの匂いで飛んじゃって大変さ
毎晩絶頂に達して居るだけ
ラット1つを商売道具にしているさ
そしたらベンジーが肺に映ってトリップ


最近は銀座で警官ごっこ
国境は越えても盛者必衰


領収書を書いて頂戴
税理士なんて付いて居ない 後楽園


将来僧に成って結婚して欲しい
毎晩寝具で遊戯するだけ
ピザ屋の彼女になってみたい
そしたらベンジー、あたしをグレッチで殴って


青 噛んで熟って頂戴
終電で帰るってば 池袋


作詞・作曲:椎名林檎


 舞台は丸の内線沿線。なんだかコケティッシュな娘が主人公。俺なら「ピザ屋の彼女になりたい」とうそぶくあんたを彼女にしたいぜ、と思うところだが、彼女、ピザ屋に惚れてるのかもしれないし、ピザ屋は当て馬でベンジーが本命なのかもしれないし、それじゃあどっちみち俺の片想いじゃん、てことになる。


 私は音楽批評などに目を通すこともほとんどないし、ネットでアーティストのアレコレを検索することも大してないので、椎名林檎の人となりだとか、作品の背景だとか、その知識は非常に薄い。ただ、このアルバムが大好きなのは、椎名林檎の作家としての才能もさること、歌いたい歌、語りたい言葉が収まり切らぬほど、はちきれんばかりに詰っているところで、そういうデビュー・アルバムは本当に良いものです。