MY FUNNY VALENTINE / NICO

Camera Obscura

Camera Obscura


 2月、チョコレート関連業界の策謀渦巻く季節だ。が、別にそういうことを書きたいわけではない。例年、ラジオなど聴いたり番組表を眺めていたりすると、この時期欠かせぬ企画がジャズのスタンダードである「マイ・ファニー・バレンタイン」の特集だ。いろいろなジャズ・メンの様々な演奏があるようで、年に一度の特集ぐらいでは何年やろうとその泉が枯れることはないのかもしれない。それだけ名曲なのだとも言えるだろう。


マイ・ファニー・バレンタイン 作詞 Lorenz Hart


私のファニーなバレンタイン
愛しのコミックさん、バレンタイン
あなたへの想いで私は笑顔になる

笑止なルックス、写真向きではないわ
でもあなたは私が愛する芸術品

姿はギリシャの彫像に及ばないの
口元はちょっと幸せ感覚なの
口を開いてしゃべくりだしたなら、あぁ、野暮なあなた

だけど私のために髪の毛一本変わらないで
私のことを想ってくれているのなら
今のままでいて、可愛いバレンタイン、今のままで!

毎日がバレンタイン・デイ



 私はジャズのリスナーではない。嫌いなわけではないが日々聴くわけではない。なのでマイ・ファニー・バレンタインと聞いて連想するのはジャズの名演ではなくニコ Nico のそれである。


 1985年頃だったか、ラジオで流れてきたのを聴いて以来、変わらずに愛聴し続けている。ずっと、その時エアチェックしたカセット・テープを聴いていたが、後にその曲が収録されたCD(camera obscura )を購入した。


 ニコはドイツに生まれ(ハンガリーという説もある)、モデル、女優となり、アラン・ドロンアンディ・ウォーホールなどと交際し、ベルベット・アンダーグラウンドの1stアルバムに参加しロック史にその名を刻んだ。


 なんでもアルバムを収録するのに曲が足らず、かつて売れない頃にクラブなどで歌っていたマイ・ファニー・バレンタインを埋め合わせで収録したのだとか。


 ピアノとトランペットの暗いイントロに続き、ニコの、なまりの強い英語の歌唱が始まる。


 My funny valentine ...


 室温が急激に降下する感覚を味わう。彼女の声はその場の雰囲気に分子レベルで干渉し凍りつかせるかのようだ。雰囲気が分子によって構成されているかは知らないけれど。


 とつとつと、感情の起伏を抑えた、無表情的な歌唱が続いていく。


 ピアノとトランペットの暗く、しかし美しいフレーズが静かに花を添える。そして最も上昇するクライマックス。押し殺した感情が破綻するような歌い方ではない。あくまでもニコらしいトーンだが、力強く感動的に歌われる。


 Stay little valentine stay


終わりの stay を長く。そして、その余韻を引き継いで、ゆっくりと静かに低く


 Each day is valentine's day


エンディングのピアノとトランペット、ここで明るい和音が奏でられ室温が元に戻っていく。


 暗い、極めて暗い張り詰めた数分間である。ここで呼びかけられるバレンタイン氏は、義理でチョコをあげるような政治的、社会的、儀礼的、贈与慣習的な対象としてのバレンタイン氏なのでは決してないだろう。そして、ニコは死んでしまったが、俺がこちら側でこの歌を聴きつづける限り、その数分間、むしろ、俺こそが「変わらずに」と呼びかけられるバレンタイン氏なのかもしれない。


 モノに気持ちを託すのも結構だが、歌だってあるのです。