音患い


 巷では猛暑であると喧しい2007夏


 暑い。確かに暑い。


 私はちょっとでも寒いことには耐えがたい体質なのだが、暑いことは結構平気だったりする。なので、連日の猛暑の中、エアコンなどない部屋(私の棲家は通常の夏ならエアコン不要の冷涼気候だ)にこもり、窓も締め切り、太鼓やらギターやら笛やら、挙句の果てに歌まで歌ったりして過ごしている。あぁ、そりゃあ確かに暑いさ。こんなこと、ほとんど狂人である。が、窓を開放してやっていたならば全て外に丸聞こえであるから、近隣から更に狂人の烙印を押される羽目になる。


 汗だくである。汗みどろである。ぬかるみのような、沼のような状況である。おそらく40度近い室温であろう。お部屋で太鼓やらギターやら演奏していて熱中症に見舞われかねない状況である。もしそんなことでぶっ倒れたならば、かなりのすっとこどっこいと言えるだろうから、そうなればそんなエピソードを聞きつけた人々の嘲笑が目に浮かぶようだ。より広範な人々に狂人のスティグマを刻ませる訴求力があるかもしれない。


 これは、しかし、この情熱は、まるで熱病である。何が私を患わせるのか。


 例えば、恋したとき。一日に自分以外の誰かさん一人(複数という器用な人もいるかもしれない。構わない)のことを何時間も考えるだろう。一人勝手に想う恋の不安や恍惚は歌い人のくちびるにメロディをもたらし、ギターをその手に取らせる(わたしゃ、まったく恥ずかしげもなくこういうことを書けるし言える)。


 あるいは、音そのものに官能を感じちまっているとしたら。ギターを初めて手に取り、ボロン、ボロン、ジャカスカと、やがて弾けるようになっていく過程で、それにのめりこむにはそうした感性が疼いたはずだと思う。そんな情動がなぜか湧き上がるならば。


 そんな風に「これだよ」と簡潔にこの患いの説明はできない。しかし、何かが「今、やれ」と私を突き動かしているようだ。きっと今しか出せない音があるのだろうな。


 変な日報書いちまったな。