暗夜練習


 夜、暗闇の野外で楽器演奏したことありますか。


 まず、問題点は、ギターのようなものの場合、押えかたがわからなくなる。まったく何も見えなくて。それでももう四半世紀ほども弾いているのだから心眼で奏でよ、弾けるだろう勘で、という風にも思うものだが無理である。眼をつむって弾くというような訓練を積まねば出来なかろう。出来ん。見えん。弾けん。闇フェスティヴァルのような催しには出られん。


 笛のようなものの場合は、押える孔の見当はギターのようなものよりつき易い。しかし、暗闇の野外で笛を吹くことはギターを弾くこと以上に、実に薄気味悪い風情を醸し出す。ひゅるるー。魑魅魍魎どもが寄ってきそうでこえーよ。後ろから何者かにトン・トンと、肩を叩かれたり、目の前にぬうっと何者かが現れたり、闇の中、実は四方八方何者かに包囲されていたりしそうで、とても心安らかには吹いておられぬ。もしそんなことになったら、勿論、心臓が止まるだろう。


 歌をうたうのも、案外憚られるものだ。どうせ誰も聴いていないのだから堂々と、朗々と歌えばよろしい。しかしだな、熊くんとか猿くんとか狸くんならいざ知らず、もしも万が一、何者かに聴かれていたらと思うと、これはやはり心穏やかではいられない。その辺に曲者や人目を忍ぶもの達が潜んでいないという確証はないのだ。暗くて。


 私は、たいがい霊的なものの存在など、あまり意識もせず、信じることもなく、クールに日常を送っているものだが、闇と音とがセットになり、しかも自らが音を奏でる当事者である状況は、少し、気味悪さを意識するね。


 というわけで、せめて防御を固めようと、車の中に逃げ込んで練習する。窓を締め切り、鍵も閉め、車内灯もつけて、更に非常時にはすぐに車を発進できるような体勢に駐車している。これで安心と。で、ジャカスカと練習する。まぁ、それでも魑魅魍魎の類が突然、ウィンドウ越しに現れでもしたなら、勿論、心臓が止まる。小心な野郎だぜ。


 なーぜ、こんなことをしているかというと、思いっきり演奏したいだけだ。練習したいだけだ。音を出したいのだ。そして、私が暮すこのド田舎町にはスタジオがないのだ。なので町外れの闇へと向かうのだ。一体、他のアマチュア・バンドなどはどうしているのだろうか。


 先日は、ポリスのパトロール・カーがやってきた。複数のポリスメンがこちらをじーっと見ていたがお咎め一切なし。そりゃあそうだ。こちとら町外れの暗闇に停車した車の中でギターなどを弾いて歌うたっているだけの、日本中どこにでもよくいる野郎だからな。どこが怪しいものか。何か訊かれたら「練習です」としか答えようがない。


 昨夜は羽の生えた車がやってきた。ドライバーは私が駐車しているポイントを名残惜しそうに見ながらUターンしていった。この場所、何かいいことあるのか?


 さて、そんなわけで移動式音楽班(班長)、今週末、演奏して参ります。闇に棲む魑魅魍魎どもよ、私に力を。あがっちゃうんだよなー。


 9月1日 20:00 嘉手苅みば(歌、三線) 於、大磯すとれんじふるうつ (背後で何曲か伴奏を務めさせていただきます)


 スタジオでも個人練習してから臨むよ。