記念日


 6月4日は私にとってちょっとした記念日である。
 むか〜し、ちょっとした旅に出発した日なのである。


 早朝、バックパックを背負い、東京から成田へ向かう。不安の分だけバックパックは重くなるものだ。ちょっとした旅に出ることが初めてというわけではなかったが、このときは学業の、論文を書くための旅で、本などがかさんで重かった。


 成田からトルコ航空イスタンブールへ飛行する。片道切符である。


 「お客様!片道航空券では最悪入国を拒否されます!!」


 成田のカウンターのお姐さんに脅される。英国などならばいざ知らず、んなことあるかい。ここまで来て知るか、そんなこと。人の旅に水差しやがって。ど頭にくるぜ。


 トルコ航空であるが、私が座った座席はシートがほぼ直角のまま微動だにしない。壊れているのである。客室乗務員にプロブレムであると告げると、彼女はひとしきり座席とドカドカと力任せに格闘したのち、にっこり微笑んで「ぶろーくん」と宣言し去って行った。私も若くてうぶだったので泣き寝入りなのであった。ど頭にくるぜ。


 ちなみにその客室乗務員は客の頭から紅茶を浴びせていた。こえー。その客はさすがに「あちー」と怒り狂っていた。ど頭にきただろう。


 12時間ほど飛行し辿り着く。その間、私が常に姿勢をほぼ直角に正した、非常に折り目正しい機内一の紳士であったということは言うまでもない。


 当然のように何事もなく入国する。


 イスタンブールに数日逗留し、そこから南下しブルドゥルという町で、イスラム教の祝祭日である犠牲祭の期間を過ごすつもりだった。当ては何もなかった。何となく、勘。何かありそうな。


 そんな予定をイスタンブールのその辺のおっさん達と茶飲み話していると「おー、ブルドゥル、俺は若い頃二年暮らしたぞ」というおっさん出現。
 「で、どうでした?」と俺。
 「俺の人生で最悪の二年間だった」とのこと。萎える。
 「なんにもねーぞ」とのこと。
 「何であんな町へ行くのだ、俺は一人のトルコ人としてお前に美しいトルコを見せてやりたい」とのこと。
 「エーゲ海および地中海へ行け」とのこと。
 「あんなところへ行くお前は馬鹿だ」とのこと。
 はいはい。


 イスタンブールからマルマラ海を船で渡る。
 ブルサという町で一泊。
 アフィヨンという町で一泊。和訳すると阿片という名の町である。凄い名前の町である。銀行で小金を両替しただけで茶を御馳走になった。


 そしてブルドゥル。おっさんの主張通り確かに何もなかったが、友達ができた。あぁ、俺は馬鹿さ、馬鹿だが、珍しく勘が冴えた。そんなむか〜しの出来事を思い出した6月4日である。