或る午後の出来事


 子供や若者の日々には、新しい出会いや発見が溢れている。それまで経験のないことばかりだから。
 成長するにつれて新鮮な驚きの日々は色褪せていく。音楽聴いたって何かの焼き直しみたいなものばかりに聴こえてくる。


 毎日が、わぁ、驚き!みたいな日々を取り戻すには、きっと、生活基盤のすべてをリセットしてその日暮しを始めるとか、知らぬところへ旅立つとか、昔の俺は死んだのさとか、一切記憶にございませんとか、親でもなけりゃ子でもないとか、そうさ俺は人でなしさとか、そんなエネルギーが必要だろう。


 さて、そんなわけで、わぁ、驚き!の何か突発的な事態が発生した時など、そりゃあ、書き留めておかねばなるまい。


 先日、よく晴れた気だるい午後三時、通りに面した建造物の屋内一階に腰掛け、大きな窓ごしに通りを眺めていた。アンニュイな一人の男、俺。


 事態は一瞬の出来事だった。


 ドカ、ぶるるー、ドカーン


 走行していた車が道路脇の街路樹に接触し、道路脇の植え込みを勢いよく乗り越え、アンニュイ男が佇む建造物の入り口階段に乗り上げ、ようやく停止した。
 その一連の動作を線的に表現すると、車は窓越しに外を眺めていたアンニュイ男めがけて一直線に突き進んできた状態となる。


 まったく映画的だったぜ。俺に向かって建物の中まで突っ込んでくるかと思ったぜ。思わず血相変えて飛び退いたぜ。こえーーー!


 建物の外へ出て車とドライバーの様子を窺う。運転していたのは年配の女性で、運転席でひどく慌てた様子である。彼女が最初にした行動はフロントガラスのワイパーを作動させたことである。ぎっしゅん・ぎっしゅん。ワイパーOK。慌てた人間の行動は謎めいている。


 あの、大丈夫っスか?


 あぁあぁあ、寝ちゃって、何かに当たってアクセルとブレーキ間違えて踏んじゃって、この間修理したばっかりなのに、まだその修理代も払っていないのにまたやっちゃって、あぁあぁあぁ、というようなことを途切れなく喋る。取り乱している。


 いや、あの、怪我、ないっスか?


 あぁあぁあ、後略。


 どうやら大丈夫らしい。


 車は左前輪がパンクし、ホイールが砕け、車体左前側方が大破している。が、公共の街路樹の樹皮を猛烈に剥がし、公共の植え込みのつつじの木をよれよれにし、コンクリート階段の角を少し削っただけで済んだことがびっくりである。歩道に人がいなくてよかったよ。


 その後、警察、保険屋、レッカー移動サービスなど、事故処理がなされたわけだが、その間も彼女は、あぁあぁあ、と、私に説明したのと同じように語っていた。あ、そか、そういうキャラなんだ。


 ほどなくして平静が訪れたが、後日聞いた話によると、樹皮の剥げた街路樹(イチョウ)は枯れるらしいよ。かなり立派な木なのになぁ。駄目だそうです。で、街路樹をダメにすると、結構高くつくらしいデス。新たな木そのものは安いものだそうですが、処分費、植替え作業費、作業中の道路警備費などなど。


 車は気をつけないと。