茹で弦考察


 この世界、資源は有限であり、リサイクルおよびリユースへの取り組みは現代人の責務と言っても過言ではなかろう。使い捨てはダメっス。却下っス。


 ということで移動式音楽班は取り組みます。使い古し弦の再利用。


 古来からアマチュア・ミュージシャン周辺で囁かれてきた伝説に「古くなった弦は茹でると新品の音になる」というものがある。
 私も幾度となくその噂を聞き、中には「ただしその効力は一日しかもたない」というような、具体的なのだか魔術的なのだかよくわからぬ噂も聞いたものだ。


 以前一度、確かフォークギターの弦を茹でてみたことがある。何せ茹で時間の目安など、スパゲッティと違い、弦には何の表示もされていないのだ。茹でるというよりは煮るという程、まったくの勘で勝負を挑んだものだ。結論的に新品にはならねーぞ、と、その際に感じた覚えがある。


 しかし、以来私は弦を交換する際にも古い弦を捨てずに保管している。というのも、所有している弦楽器がもろもろあり、弦を小まめに真面目に張り替えていると結構カネもかかるわけだな。この世はカネやカネやカネや。御免、なまぐさい話で。


 では今回は、マンドリン弦とサズ弦を茹でてみましょう。


 マンドリン弦という方々は、セットで購入すると8本1セットで3500円くらいしやがる(オプティマ)。フラットマンドリン用の弦は1セットで1000円以下で売られている(ギブソンとかダダリオとか)が、これをラウンド・ボディのクラシック・マンドリンに装着すると、なーんか妙なのである。音が。とてつもなく。私のような、まともにクラシカルな奏法を追求しないアウトローがそう言うのだから、これは本当に感覚的に妙になじまない音なのである。よってオプティマ弦一筋と決めている。ゆえに、このように高価な方々は、もう一も二もなく茹でてみなければなるまい。


 サズ弦という連中は、なにしろ扱いが通販以外なかろう。トルコの弦楽器の弦が地方の楽器屋になど品揃えされていたらのけぞるぜ。サズ弦は普通7本1セットだが、私は師が6本しか装着しないというお方だったのでそれに倣っている。これもまぁ、希少であるという点から、茹でて済めばそれで一回飛ばしたい気持ちはある。


 以上計14本の使用済み弦をアルミの片手鍋に投入する。音もなく。今回は煮たりしません。イメージとしては、中に一本芯が通っているくらいで(アルデンテ)。さっと引き揚げる。
 鍋から引き揚げ後には水気をさっと拭き取りたいところだが、14本もの比較的細物の弦が巻き合い絡み合い、そうもいかん。絡んだ弦をほぐすことに30分以上費やす。


 まずマンドリン弦から装着する。使い古し弦には糸巻きの巻癖がついており、それを装着しようと格闘していると弦の先端が指先などにぶすぶすと突き刺さる。あ、血が。
 続いてサズ弦である。こちらも巻癖に手こずる。指先に弦の先端が何度突き刺さったことか。あ、ち、血が。


 膨大な時間を費やし弦装着完了。


 新品の弦というものは、なんというかきらびやかさとか、広がり・奥行きというか、優しく柔らかい音から凛とした硬質な音までの表情を持っている。それが古びてくると、鉄弦ならずばり「俺、鉄。で、何か?」というような無愛想な、いかにも鉄な音になる。


 マンドリン弦は確かもともとそこまで古びていなかったように記憶するが、新品とまではいかずとも、かなりの回復を感じた。特に巻弦(太いほうの弦)が良い。はっきりと良い。
 サズ弦はかなり古びていたものだった。こちらも新品のダイナミクスとまでは到底いかないが、しかし効果は感じられた。


 今回は満足している。決して新品にはならないが、効果はある。まぁ、私の耳が感じていることで科学的な裏付けはない。
 心配なことは、マンドリンとサズの弦を茹でたというこのリポートが、一体、誰かの役に立つのだろうか、という点なのである。