チャイニーズ&インディアン


 この先、中国とインドは超大国になるのだろう。少し思い出話。


 マレーシア、ペナン島ジョージタウンの世は更ける。
 安宿で、モンスーンのおかげで湿気た寝苦しい夜を過ごす男、俺さ。それにしても隣室から聞こえてくる複数の人間による騒々しい話し声は一体なんだ?寝れん。我慢ならん。


 部屋を出て帳場へすてすて歩いて行く。かの地では中国系が営む木賃宿を「旅社」と総称するが、この宿がまさしくそれだ。簡易な帳場で居眠りする中国系の主人に私はきっぱり命ずる。


 「隣がうるさくて眠れん、あなたは奴らを黙らせなければならない」


 しかし、この寝ぼけ親父が煮えきらんコンニャク親父で、あーだこーだとなかなか腰をあげようとしない。


 「それがあなたの仕事である。奴らを黙らせる手段はあなたに任せる。あなたはなんとかしなければならない」


 いくら私が宿屋道を説いても、うだうだと一向に動かない。そういや昼間は帳場を野郎の妻が切り盛りし、野郎はアゴで指図されていたっけ。駄目だこりゃ。私は決然と直接交渉に乗り出す。


 ドンドン(←ドアをノックする音)


 騒々しい話し声が止み、ドアが開く。
 インド系の青年だった。そしてさして広くもない部屋の中には5・6人、似たような顔つきの青年達がいた。


 「私は隣の部屋のものだが、君たちの話し声がうるさくて眠れない。静かにしてくれ。了解?」


 青年は、おお、それはすまないことを、とか何とか言って了解したようだった。わかれば良い。皆、穏やかそうに見えて、カッカしてる俺が馬鹿らしく思えた。その後も彼らはしばらくひそひそと話してはいたようだが、騒々しさは止んだ。わかってくれれば水に流して寝る。


 翌朝、賑やかな話し声に起こされる。今度は女の声も聞こえる。なんのこっちゃ。まどろみながら壁越しに聞いていると、隣のインド系青年達と女主人(=コンニャク親父の妻)がなにやら語らい、女主人が苛つき大声を上げている構図がわかってきた。


 「宿賃耳を揃えて支払いなさいっ!」
 「今はないのです」
 「じゃあパスポートを渡しなさいっ。全員分。払うまで預かりますっ!」
 「パスポートは困ります」
 「じゃあ、カネ払え!」
 「金はそのうちきちんと払います」
 「じゃあ、パスポートを、今!」
 「もしもですよ、私たちが今、出て行くとしたら一つの解決策ではないでしょうか?」
 「払ってから出て行け!」
 「もしもですよ、今、金も払わない、パスポートも渡さないとすると他にどんな解決策がありますか?」
 「ポリス!」


 延々、こんな会話の堂々巡りである。壁越しに聞いていてだんだん可笑しくなってきて、ベッドに横たわったままくすくす笑ってしまう。


 お互いどこかで妥協点を見出せるのだろうか。まったく世界を二分する巨大民族(登場人物がそれを代理しているわけでもないけどさ)が対峙する現場に居合わせたものだが、この両民族が組めば、ユニークなコントが成立するだろう。