先達に敬意を


 さて、つい先日まで北京ではオリンピックが開催されていた。結構なことだ。肉体と運動能力の限界に挑むアスリートの姿は見る者の胸を打たずにはいられないことだろう。感動。


 ところで私はサッカー・ファンなのであるが、男子サッカーは、あ痛、いたたたたた。3戦全敗という結果であった。女子は2勝して上位に食い込んだが、まぁ、ともかく、こんなときにはあらゆるチームが永遠に勝ち続けることはできない、という昔の偉い人が言った格言を胸に刻み、トレンチコートの襟を立て、カウンター席の端っこで「マスター、いつもの」と言うしかなかろう。


 ん?誰が言ったかは知りません。格言。


 ん?そんな格言引き合いに出すほど勝ち続けたことがありましたっけ?あ痛、いたたたたたた、胃が。マスター、いつもの、牛乳頂戴。


 ところで、昨今、大きな悩みと申しましょうか、疑問の種に「○○ジャパン」という呼称がある。オスィムジャパン、反町ジャパン、岡田ジャパン(以上サッカー例)。柳本ジャパン(バレーボール例)、星野ジャパン(ベースボール例)などである。


 私の記憶では、いつ頃までか、と問われるとそれがさっぱりわからないのだが、昔はラグビーの代表チームのみを、しかもただ単に「ジャパン」と呼んでいたように思う。なので「ジャパン」と言ったらデヴィッド・シルヴィアンが率いるバンドか(古いな、あまりにも)、あるいはラグビーの日本代表チームか、という認識があり、昨今の○○ジャパンにはどうも違和感を覚えるのだ。まったくもってラグビーのファンでもなんでもない私だが、なんとも看板を盗まれたような、そんな気分になる。
 まぁ、ラガーメンのような大男のスポーツメンは、私のような胸板の薄い猜疑心の強い夜道をサングラスして歩く日陰のマンドリン弾き(しかも素人)と違い、その程度のこと「ガハハ」と笑って白い歯をキラッ☆と輝かせる程に気分爽快なのかもしれない。


 結局、文句あるなら商標権をとれ、とでもいうようなところに帰着するのかもしれないが(「ジャパン」で商標とれるか知らんよ)、それにしてもこういうものは先に使いだしたものへの敬意というものが必要である、と、思うんだけれどなぁ。俺。


 ところでラグビーのジャパンの愛称(ニュージーランド代表の「オールブラックス」みたいなもの)は、チェリーブロッサムズらしい。桜の気持ちはよーくわかるのだが、チェリーは、あんまりだろう。
 まぁ、ラガーメンのような大男のスポーツメンは、私のようなその辺り、まぁそういうことな訳だ、訳は聞くなよなというマンドリン弾き(しかも素人)と違い、その程度のこと「ガハハ」と笑って白い歯をキラッ☆と輝かせる程に気分爽快なのかもしれない。


 テーブルテニスの愛ちゃんにも同じような情を感じる。あいちゃんといったら愛ちゃんでしょう、どう考えたって愛ちゃんです、だって愛ちゃんじゃん、ね、愛ちゃん、というような情です。愛ちゃん加油