ターミイヤ


 ある国を訪れ、最初に購入したもののことや、最初に食べたもののことは、きっと心に深い印象を残すのではないだろうか。
 エジプト、カイロで最初に食ったものはターミイヤという、ソラマメのコロッケをアラビア特有の平べったいパンに挟んだサンドイッチであった。


 カイロに着いたのは夜のことだったが、その翌朝、なにはともあれ、エジプトでは様々な観光名所や博物館などを巡る際、学割で入場するためには国際学生証というものが必要だということで、俺と連れは、それを入手するために市内を流れるナイル川の中州にある発給所へと向かった。
 サイイダ・ゼイナブという駅で電車を降り、発給所への道を歩いていると、随分と客で繁盛しているスタンドがあった。地元の人ばかり。じゃあ、ここで朝飯食っちゃおうと覗いてみると、サンドイッチ屋だということが知れた。


 まぁ、言葉は全くわからないが、こちらには食う意思があり、あちらには食わせる意思がある。


 調理人「(コロッケを指差して)ターミイヤ?」
 俺「イエス
 調理人「(カーキ色のソースを指差して)タヒーナ?」
 俺「イエス
 調理人「(漬物を指差して)トルシー?」
 俺「イエス


 で、俺は「イエス」の間、指を二本立て続けていた。ちょっとバカっぽいイエスマンだが、俺と連れはこうして容易くエジプト第一号フーズにありついたわけだ。


 うまい!
 ちょっとこれ美味すぎるだろ!!


 外側がこんがりディープフライになっていて中はふわっとしたコロッケから漂う青豆の清々しさと滋味が、ゴマの甘みとニンニクの香りが効いたソースが、口の中でジャジャジャジャーンと交響楽を奏でた。
 そして箸休め(手食いだけどさ)の赤カブの酢漬けがこりゃまた美味い。飛騨の赤かぶらによく似た感じだが、更に酸っぱく、パリッとしていたと思う。


 で、俺は完全にこのターミイヤというソラマメコロッケ中毒になり、以後、カイロ滞在中、一日一回は食わずにはいられなくなった。どこで食っても美味いのだが、最初に食ったものほどではなかった。
 あれは、最初に食ったから印象が強烈だったに過ぎないのだろうか、いや、そんなことはない、なぜならあのスタンドは地元の人で満杯だったではないか。


 エジプトを去る時、隣国ヨルダンのアカバという港へと向かうため、ヌエバという港にいた。港の近くのバスターミナル(ただの埃っぽい広場だが)脇の掘っ立て小屋のような食堂だったろうか、最後にもう一度ターミイヤを食うことにした。店番を務める少年に「ターミイヤ」と注文する。
 運ばれてきたそれは、砂漠の砂混じりで、ボソボソで、味のしない、エジプトで食った中で最も不味いターミイヤであった。人が食うのを見て面白そうに笑っている少年の笑顔でよしとするしかなかろう。バイバイ、エジプト。


 それから俺達は難民船のような船に乗り、バスに乗り、飛行機に乗り、今に至る。その後、日本のアラビア料理屋でもターミイヤを食ったし、自分でも作ってみたことがあるのだが、最初のターミイヤを上回るものは二度と食っていないし、また、最後のターミイヤを下回るものも二度と食っていない。