さらば冬


 さて。


 ようやく春めいてきた本州内陸高地に暮らす私である。春はよいのぅ。


 この冬を振り返ってみると、よくマッシュルームを食った記憶が蘇る。唐突な回想であるが、誠に健全なマッシュルームのことである。私の大好物=そ・れ・は、健全なマッシュルームなのである。誤解なきようお願いしたい。


 大体、冬のヤル気のない週末など「今晩はキャンベルのスープ沸かしてパン食えばいいよね〜」なんちゅう時もあるでしょう。そんな時には必ずキャンベルのクリーム・マッシュルーム・スープなのである。好きなのだ。マッシュルームが。


 とはいえ、私の住まう近界のマッシュルーム状況といえば、小ぶりなプラスチックのパックに白いマッシュルームが数個盛られた程度のものか、或いは、小さな包装の中に小ぶりなブラウン・マッシュルームが、やはり数個収められた程度のものが商品化されているに過ぎない。貧弱だ。


 マッシュルームで満腹してぇ


 などという欲望を満たすためには数パック購入せねばなるまい。散財である。


 ところがですよ、事情が一変したのです。なんと、カナダからやってきたブラウン・マッシュルームが廉価な量り売り大パックで売りだされたのだ!


 というわけで、近所のスーパーでそれを発見して以来、俺は冬の間、幾度となくそれを購入した。


 フライパンにバターを投下し、マッシュルームを炒めてやる。スパイシーなこの俺だが、塩するだけで余分な味付けは敢えてしない。長く炒めているとマッシュルームから水分が浸み出しジュウジュウと音を立て、それはそれで非常に旨みエキスなソースなどにもなるのだが、そうなる前に回収し、旨みエキスなソースは余すところなく口中に炸裂させようという戦略である。ワインなど飲みながら、むしゃむしゃむしゃと、滋味あふれる味を堪能するという訳だ。


 更に、そんな喜びを他人とも分かち合おうと、俺はスーパーの売り場へ行く度に、まるで今日初めて発見したと言わんばかりの表情+すっとんきょうなボイスで「なにこれ、すげぇ」などと周囲に聞こえるような大声を出し、マッシュルームのパックを手に取り、しげしげと眺めたのち買物カゴヘ格納する、というパフォーマンスを演じた結果、その辺の奥さん、その辺の親子、その辺のおっさんらにまでマッシュルームを購入させてしまうという、非常な影響力を行使してしまったのだ。スーパーよ、お礼に何かくれ。黙って俺の家にマッシュルーム一箱とバター一箱をクール宅急便で届けてくれればそれでいい。


 そんな冬の終わりに、一発、儀礼を敢行した。それまでスーパーの売り場で廉価な量り売りパックと並び、圧倒的な存在感を放っていた「カナダ産ジャンボブラウンマッシュルーム」を購入したのだ。


 じゃん。



 多分、一個で通常サイズの20個分くらいあるでしょう。このレベルの物体は、なかなか焼けないっスよ。厚みが凄いし。じっくりとフライパンの上で焼き焼きし、満を持して食卓へ運ぶ。無論、一口でなど食えんので、ナイフで切り分けお口へ。


 じゅわー。


 痺れるぜ、エキス。マッシュルーム、俺の負けだ、などと呟く。なんでも噂では、ロシアなどではその辺の公園などでもマッシュルームが「にょっ」と生えているのだとか。俺はいつかロシアへ行かねばなるまい。まぁ、折角の縁でカナダでもいいが。「にょっ」と生えてさえいれば。


 と、どういう因果か、今年の冬をマッシュルームとともに葬った俺である。あばよ、冬。春を楽しむぜ。