髪を切る

 美容院ヘ行き伸びきった髪を切った。


 今日はどうしますかと問われたので「寒いので少し長めのモシャモシャした頭にして下さい」と答える。毎度こんなリクエストだけでよく切れるよな、と思うのだが、その人はいつものように「ふん」と頷くとちゃっちゃちゃっちゃとハサミを入れて、確かに少し長めのモシャモシャした頭に仕上げてくれるのだから美容師って凄いなぁ、と思う。


 以前、常に髪を切るところを変えていた。床屋へも美容院へも行った。こちらのイメージが伝わるところもあれば伝わらないところもあるし、上手いなぁ、と思うところもあれば、疑問符がつくところもあった。


 私が客として困るのは笑っちゃう店だ。腕前云々ではない。


 まだ大学に通っていた頃、住まいの近所の床屋で髪を切ることにした。一度も行ったことはなかったが、私鉄の鉄路沿いの路地をてくてく歩いていくと床屋があることを知っていたのだ。


 いたって普通の床屋で、鏡の前、台に座らされ理髪師がハサミを入れるのを待っていた。日曜の昼でラジオがついていた。何の気なしに聞いていると堺すすむが漫談をやっている。


 「な〜んでか?」


 ツボに突き刺さった。面白くてたまんねぇ。ここでゲラゲラ笑うと周りに座っているおっさん達(皆し〜んとしている)に訝られるだろうしと、ゲラゲラ笑いたいところをこらえていると、更に第二・第三の「な〜んでか?」が追い討ちをかけるように突き刺さってくる。く・苦しい。


(参考)堺すすむのホームページ


 勿論、店が悪いのではない。すすむの漫談が面白すぎただけだ。


 ま、あと困るのは酷い腕前の店だね。


 これは日本ではないが「あー、髪切りてえ」と思って床屋へ行った。アニキとガキがいて、そんな田舎の床屋に外人が来たものだから嬉しいらしく、タバコ吸えだの、茶飲めだの、どこから来た、どこへ行くだのひとしきりやりとりした後、アニキが誇らしそうにおもむろに言った。


 「実はオレ、歌手なんだよね」


 ふーん。それで?


 アニキは「あ〜ああ〜」などと歌いながら俺の髪を切り出した。歌はまぁ確かに上手いのだがなかなか落ち着かない。こぶしを回すところとかで手を休めるし。それでもガキが嬉しそうにしているからよしとしてやろうと、少し寛大な心も芽生えた。


 帰ってきて鏡を見てみると左右の長さが違ったり、飛び出している毛があったり、とにかくメチャメチャだった。ハサミに集中しろ!と君には言いたい。歌料金を請求しなかったところは良心的だったが。


 最近は何年も冒頭の美容室へ通っている。パーマ頭に凝った時期があって、その時「ドイツ人の科学者、それもマッド・サイエンティストみたいな髪型にして下さい」と言ったら「ふん」と頷いてドイツ人の科学者、それもマッド・サイエンティストみたいな髪型にしてくれたのだ。以来、この店(人)と。


 ちょっと、凄い人だ。