春の息吹


 春。
 晴れて乾燥した日が続き、花が咲き、
 夜に強い雨が降り、花が散る。
 今年の春が今日から始まったのだ、などと、
 正式に認定する間もなく、季節は移ろっていく。



 庭を掘り返し、といっても金品などを日の当たらぬところへ隠そうなどというわけでは勿論なく、今年の園芸に備え、堆肥やら腐葉土やら牛糞やら苦土石灰などを庭の土に混ぜ込む。


 我が家の超狭い庭では、スモールユニットの家族が適当に摘まんで食えれば充分、というほどの各種ハーブ類などが栽培されている。


 もともと園芸や土いじりなど、なんの興味もなかったのだが、既に10年以上前になろうか、東南アジアを旅行して帰ってきた後、ものの試しにホームセンターで売っていた香菜、つまりコリアンダーであり、パクチーとも言うその種を蒔いてみたところ、ニョキニョキとボサボサと生い茂り、こんなに簡単ならいろいろ栽培してみようかと思い、今日に至る。


 私の趣味は世界のスパイシー・クッキングである。おお、何とハイソサエティな趣味なのだろうか。ま、つまり過去に訪れた土地で食った料理を再び食いたくなっちゃったよという堪え切れない欲望を、現地へ赴いて叶えるには諸般の困難がつきまとうため、自力で叶えているに過ぎない。


 その際、どうしてもその味に近いものを醸し出すには、そこらのスーパーなどでは商っていないような食材や、仮に商っていても、そんなもん購入したら不経済でしょ、散財でしょ、あなた!というような食材の必要にも迫られよう。


 生ハーブの類など、そうした食材の代表に思える。買ってくるより一株でも生やしている方が、必要なだけ摘まんで使えるし、経済的にもお得な気がする。


 しかし、問題が。


 我が家は寒冷地なのだ。冬季の最低気温はマイナス10度を下回ることもあろう。寒冷な気候に弱い品種は軽く枯れます。今まで、どれほど植物を枯らした事か。結局強くて手のかからない草をレギュラーで育てることになる。


●露地越冬組


 ミント、タイム、セージ、チャイブ、ソレル、ルッコラ、香菜、セルフィーユ、イタリアンパセリ


 これらは、厳冬だろうが軽く乗り切る雑草のような生命力を持っていたり、こぼれ種が春先に発芽したりする者どもだ。放っておけばよい。


●室内取り込み組


 ローズマリーオレガノレモングラス、月桂樹


 これらは鉢植えなどにして冬季に室内ビニール温室に取り込まねば枯れる。取り込んでも枯れる場合がある。今年はマイナス20度まで耐えるというローズマリー苗を入手した。よく育つだろうか。


●何をやっても枯れます


 バジル


 一年草だし。こぼれ種で増えた記憶もない。イタリア料理などに使うスウィート・バジルに輪をかけて、タイ料理などに使うホーリー・バジルは寒さに弱い。だが、これなしではいられないことしばしば。



 しかし、今年の冬は比較的暖かかったようで、面倒なので路地に植えっぱなしにしておいたオレガノなども越冬した。これからその年の気分で育てる品種や、忘れちゃいけない唐辛子なども加わり、やがて庭が草ぼーぼーになるだろう。


 そしてその姿を見て安心する夏にはあまりハイソサエティ・スパイシー・クッキングをやる気にならず、すべてが枯れ果てる冬に料理意欲が高まるというところが、ムラのある性格というか、幻を追い求める性格というか、結局、少しも経済的ではない性格という気が充分する。


 以上のように私は食える植物にしか興味がないのだが、うちの爺ぃが、人んちの庭に食えない植物を勝手に植えていったりする。本当に甚だ迷惑千万である。奉行所に届け出てえよ。