ウイグル料理


 日本を離れ、最寄のユーラシア大陸の玄関口に上陸したのち、陸路をひたすら西、ヨーロッパ方面へ向かう旅行者がいる。


 いわゆるシベリア鉄道という手がある。何日も鉄道に揺られてモスクヴァやサンクトペテルブルクに辿り着き、さらにベルリンやブダペストやパリなどを目指すのは、尻に根が生えそうな懸念はあるが、とても浪漫的だ。


 いわゆるシルクロードという手もある。中国の西域、新疆ウイグル自治区からカシミールパキスタン、イラン、トルコ・・・と西アジアへと抜けていくルートなど、きっとエキゾチックな風物に目を奪われることだろう。こちらも浪漫的すぎて今すぐ荷物をまとめたくなる。


 私もいつかそのような道の旅人になりたいものである。そうした道を行き来した人たちから話を伺う度、強くそう思わされてきた。特に新疆ウイグル自治区を旅した人の話など、とても興味を引かれたものだ。


 夏は灼熱だが、葡萄棚の下には涼があり、リズミカルな音楽や舞踊は、いにしえより東西の交易ルートの結節点に位置してきたことを物語る、などと。素敵だ。なにしろ、自治区の西の外れカシュガルからは、北京よりバグダッドの方が直線では近いのだ。エキゾティック。


 というわけで、ウイグル料理屋へ行ってきました。日本に一軒しかないらしいっす。埼玉大学の並びにあり、昨年、たまたま車で走行中、発見したという次第。それはいかねばなるまい。鼻息荒く。



 ウイグル料理店「シルクロード ムラト



 私はウイグル人と触れ合ったことはないが、ウイグル語に関する幼児並みの知識と(トルコ語に近しいため幾つかの基本語彙を知っている)、ウイグル音楽に関するCD二枚分くらいの知識と、ウイグル料理に関する唇からよだれ一皿分くらいの知識はある。



 クミン、コリアンダーなどが香るスパイシーなシシカワープ(シシケバブ)、羊肉をトヌールという釜で焼くトヌールカワープ、羊肉と牛肉を餡にしたという水餃子、コシのある平打ちの手打ち麺(飯・細麺も可能)にトマト・酢・肉のダシ・野菜の甘味などが凝縮された煮込みをかけていただくラグマン(ラグメン、ラングマンなどとも)、人参入りのピラフに羊肉を乗せ、更にヨーグルトを混ぜていただくポロなど。ウイグル名物と思われる一品一品に舌鼓を打ち、大いに盛り上がる。


 


 とにかく安いぞ。シシカワープ一本150円です。他もとても安い。そして美味である。


 よく「癖のない肉」という言説がまかり通っているが、何を申す。あらゆる肉に癖があり、その癖を私達は喰らっているわけだ。私は羊肉の癖を好み、また、羊肉の癖を知り尽くした調理人の手による羊肉料理を愛する。そのような料理を喰うとき、私は、長い修行の途上にある小僧が老師の教えに触れてしまったかのような感銘で、舌・鼻腔・胃などを満ち足りた気分にさせられるのである。


 羊を熱く語る夜が更けていく。中央アジアの味覚に触れたい方に是非おすすめしたいお店でした。また行こうっと。