夢見るひととき


 一年に何度か、もう十数年も繰り返し見続ける夢がある。特にこの時期に多いだろうか。学校を卒業できない夢である。私は見た夢の内容を基本的に思い出せないという男であるが、このシリーズは常に鮮明に覚えているという特徴がある。


 大体、基本パターンは次の二通りである。

  • 必要単位取得のための卒業試験の正確な日時がわからない。
  • 学位論文をまったく書いていない。


 共通事項は、四月、年度初頭に学校へ行ったきり、その後一度たりとて通わぬまま年度末を迎えようとしているという点である。ゆえに試験の日時や論文など、抜き差しならぬ状況に追い込まれているという訳だ。


 で、その後辿るエピソードのヴァリエーションは大概以下の通りである。

  • 卒業試験の教室を探してキャンパスを彷徨う。
  • 四月から今日まで俺は一体何をしていたのだと回想する。
  • まったく記憶がない。
  • 教授に泣きを入れるしかねぇ、と思っても年度初頭に一度行ったきりで教授が誰か思い出せない。
  • そもそも合わす顔がねーだろ。
  • 電子計算機のような頭脳が、未だテーマも決まっていない論文をこれから書くことは不可能だと帰納および演繹した結論をはじき出す。
  • 大体、私の専攻にはフィールドワークが不可欠なのだ。
  • そんなことこの一年やったっけ?
  • まったく記憶にございません。
  • えー、もう一年学校へ通うの〜?
  • 金がない。
  • もう充分だろう、中退しよう。


 実際のところは、かなり苦しんだ末、どうにか学位を取り、学校の裏門をハレバレと後にし今日に至る。見る夢とは少し違う結末になったのだが、四月に一度顔を出したきり一度も出席しなかった講義など確かに思い当たる。学位論文を提出間際までまったく手をつけていない、ということはなかったが、非常に苦しんだ記憶はある。二度書いたが、二度とも楽ではなかった。相当なタイトロープだった。自分のせいですが。


 それでもなお、宝くじが当たったらどうする?というような、市井の下々の人間がドリームを語リ合う際には「また学校へ入って学位を取るよ」と心密かに呟く。もちろんスマートに取るぜ、次回は。優等生だぜ。あやふやに微笑むぜ。受け入れて学位を認定してくれる学校があるか、という話は置いておこう。そして私が決してスマートに立ち回れないであろうことは、夢の中の逡巡の通りでもある。


 どちらかというと嫌な夢なのだが、懐かしい香りもし、ありありとリアルでもある。まぁ、好きなことをとことんやった記念碑なのだろう。嬉しいよ。好きなことは安易に「これでよい」とは思いたくない。嫌な夢を見るくらいまで打ち込むのだ。